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浦和地方裁判所 平成10年(行ウ)16号 判決

主文

一  原告ら及び原告共同訴訟参加人らの訴えのうち、被告に対し、新座市に金七一一万六三〇〇円の支払を求める部分を却下する。

二  被告は、新座市に対し、金四四万〇六〇〇円及びこれに対する平成九年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、これを六分し、その一を被告の負担とし、その余を原告ら及び原告共同訴訟参加人らの負担とする。

四  本判決は、原告ら及び原告共同訴訟参加人らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨(原告ら及び原告共同訴訟参加人ら)

1  被告は、新座市に対し、七五五万六九〇〇円及びこれに対する平成九年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

原告ら及び原告共同訴訟参加人らの訴えを却下する。

2  本案に対する答弁

原告ら及び原告共同訴訟参加人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告ら及び原告共同訴訟参加人らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告ら及び原告共同訴訟参加人ら(以下、両者を一括して「原告等」という。)は、いずれも埼玉県新座市(以下「新座市」という。)の住民であり、被告は、平成四年七月二六日以降、現在に至るまで新座市長である。

2  公金の徴収を怠る事実

(一) 新座市在住者A(以下「本件滞納者」という。)に対する昭和六〇年度から昭和六三年度までの市民税(以下「本件各市民税」という。)に係る賦課決定、督促、時効消滅等の経緯は次のとおりである。

(1) 昭和六〇年度

賦課決定日 平成三年八月一日

税額 六九万八六〇〇円

納期限 平成三年九月二日

督促状発送日 平成三年九月二〇日

督促に係る納期限 平成三年九月三〇日

消滅時効完成日 平成八年九月三〇日

(2) 昭和六一年度

賦課決定日 平成三年八月一日

税額 八九万八一〇〇円

納期限 平成三年九月二日

督促状発送日 平成三年九月二〇日

督促に係る納期限 平成三年九月三〇日

消滅時効完成日 平成八年九月三〇日

(3) 昭和六二年度

賦課決定日 平成三年一〇月一日

税額 四四万〇六〇〇円

納期限 平成三年一〇月三一日

督促状発送日 平成三年一一月二〇日

督促に係る納期限 平成三年一一月三〇日

消滅時効完成日 平成八年一二月二日

(4) 昭和六三年度

賦課決定日 平成三年八月一日

税額 五五一万九六〇〇円

納期限 平成三年九月二日

督促状発送日 平成三年九月二〇日

督促に係る納期限 平成三年九月三〇日

消滅時効完成日 平成八年九月三〇日

(二) 地方税法(以下「法」という。)三三一条一項一号は、市町村民税に係る滞納者が督促を受け、その督促状を発した日から起算して十日を経過した日までにその督促に係る市町村民税に係る地方団体の徴収金を完納しないときは、市町村の徴税吏員は、当該市町村民税に係る地方団体の徴収金につき、滞納者の財産を差し押えなければならないと定め、同条五項は、市町村の徴税吏員は、同条一項から三項までの規定により差押えをすることができる場合において、滞納者の財産で国税徴収法第八六条一項各号に掲げるものにつき、すでに他の地方団体の徴収金若しくは国税の滞納処分又はこれらの滞納処分の例による処分による差押えがされているときは、当該財産についての交付要求は、参加差押によりすることができると定めているところ、本件滞納者は、督促状に定めた納期限を過ぎても本件各市民税を納付せず、かつ、新座市財務部納税課職員(以下「本件補助職員」という。)が平成五年二月二六日から平成八年一一月二八日までの間、昭和六〇年度、昭和六一年度及び昭和六三年度分(以下「昭和六〇年度分等」という。)の市民税については合計七回、昭和六二年度分の市民税については合計八回にわたって催告をしていたにもかかわらず、これを無視し、納税の意思がないことを明らかに示していた上、滞納している本件各市民税の徴収を満足させるに足りる金銭的価値のある不動産(新座市α一九〇六番地五九所在、以下「本件不動産」という。)を所有していたのであるから(ただし、本件不動産は、平成四年九月二八日、国税の滞納処分として国によって差し押さえられている。)、本件補助職員は、本件滞納者の資産を調査し、その所有する本件不動産について参加差押をしなければならなかった。しかし、本件補助職員は、これを行わず、本件各市民税の徴収権(以下「本件徴収権」という。)を時効消滅させて、本件各市民税の徴収を違法に怠った。

被告は、新座市長であるから、本件補助職員が財務会計上の違法な行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務を負い、故意又は過失により本件補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかった場合は、新座市が被った損害を賠償する責任を負うものであるが、被告は、本件徴収権が時効消滅する前に、本件滞納者が高額の本件各市民税を滞納していること及び本件滞納者が納税指導に応じず納税の意思がないことを知っていたのであるから、本件滞納者に対して適切な対応処分をするように本件補助職員を指導監督して、本件徴収権の時効消滅を阻止すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを行わずに本件徴収権を時効消滅させ、本件各市民税の徴収を違法に怠った。

3  新座市の損害

本件徴収権が時効消滅したことによって、新座市は、本件各市民税の税額合計七五五万六九〇〇円の損害を被った。

4  監査請求

原告らは、平成一〇年一月二六日に、原告共同訴訟参加人らは、同年二月四日に、新座市監査委員に対し、本件各市民税の徴収を怠ったことによって新座市が被った損害を填補するために必要な措置を講ずるよう被告に勧告することを求めて、それぞれ監査請求を行った(以下、原告等による監査請求を「本件監査請求」という。)ところ、新座市監査委員は、原告らによる監査請求に対しては同年三月二七日付けで、原告共同訴訟参加人らによる監査請求に対しては同月三〇日付けで、被告に対し、本件各市民税の合計額七五五万六九〇〇円を新座市に賠償するよう勧告をするとともに、右措置結果を同年四月二五日までに新座市監査委員に報告するよう命じる旨の監査を行った。しかし、被告は、右勧告に応じず、同月二七日、右勧告を拒否すると文書で回答した。

5  よって、原告等は、被告に対し、地方自治法二四二条の二に基づき、新座市に代位して、七七五万六九〇〇円及びこれに対する本件徴収権が時効消滅した日の後の日である平成九年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  本案前の主張

地方自治法二四二条二項本文の「当該行為」には、怠る事実も含まれ、監査請求は、怠る事実が終了した日から一年を経過するまでに行わなければならない。被告が、本件補助職員に対し、本件各市民税の徴収を怠らないよう指導監督することができるのは、本件徴収権が時効消滅する日までであるから、怠る事実が終了した日とは、本件徴収権が消滅時効が完成した日である。そうすると、本件監査請求は、いずれも、右怠る事実の終了した日から一年を経過した後にされているので、不適法であり、これを経て提起された本件訴えも、不適法である。

三  本案前の主張に対する反論

1  主位的主張

(一) 原告等は、本件各市民税の徴収権が時効により消滅したとしても、被告が、本件各市民税の徴収を怠ったために発生した不法行為に基づく右損害賠償請求権を行使しないことが、地方自治法二四二条一項の「怠る事実」に該当すると主張するものであり、右損害賠償請求権の不行使が継続している間は、いまだ怠る事実は終了していないので、同条二項本文に定める一年の期間制限に服さない。

(二) 仮に、本件監査請求が地方自治法二四二条二項本文の一年の期間制限に服するとしても、税金の賦課徴収は、納税者のプライバシー保護への十分な配慮が必要とされる行為であるため、一般住民にその内容が明らかにされることはなく、秘密裡に行われるものであるところ、原告等は、平成九年一二月二日に開催された新座市議会全員協議会において、被告が国税局が本件滞納者の国税を保全するため本件不動産を差し押さえていたことを明らかにしたことから、初めて、本件滞納者には担税力があるにもかかわらず、被告が本件滞納者に対する本件各市民税の徴収を怠って、新座市に右税額相当分の損害を与えたという事実を知ったのであり、その後、資料収集等の準備を行い、約二か月という相当な期間内に本件監査請求をしたのであるから、本件監査請求には、同項ただし書の「正当な理由」がある。

2  予備的主張

本件補助職員は、平成八年一一月二八日、本件滞納者に対し、昭和六二年度分の市民税を納付するよう催告書を発したので、右催告書が本件滞納者に到達してから六か月経過するまでは、民法一五三条に定める措置を講じることによって、昭和六二年度分に係る本件徴収権の消滅時効を中断することが可能であった(法一八条三項、民法一五三条)。よって、昭和六二年度分の市民税の徴収を怠る事実の終了した日とは、右催告書が本件滞納者に到達した日から六か月が経過した日、すなわち平成九年五月二八日ころであるから、本件監査請求のうち昭和六二年度分の市民税の徴収に関する部分は、怠る事実の終了した日から一年を経過する前に行われているので適法である。

四  本案前の主張に対する反論に対する再反論

1  原告等の主位的主張について

(一) 被告が本件各市民税の徴収を怠ったことに基づく損害賠償請求権を新座市が行使しないことを地方自治法二四二条一項の「怠る事実」と構成すると、新座市が右損害賠償請求権を行使しない限り、いつまでも監査請求することができることになり法的安定性を害し、同条二項が監査請求期間を一年と定めた地方自治法の趣旨に反するので、原告の主張は、失当である。

(二) 被告は、地方自治法二三三条に定められている決算審査手続に従い、平成八年度の決算等について監査委員の審査を経た後、新座市議会において、本件滞納者に対する本件徴収権の時効消滅に伴う不納欠損処理を含む平成八年度新座市一般会計歳入歳出決算の認定に関する議決を得、さらに、平成九年一二月一二日、新座市告示第二五七号によって、住民に対し、税金の不納欠損処理等についての決算を公表していた。よって、被告がことさら市民税の不納欠損処理の状況を隠ぺいしたことはないから、被告による本件徴収権の時効消滅は、秘密裡に行われたものではない。

しかも、平成九年当時、新座市議会議員であったNは、同年八月上旬ころ、匿名の電話により本件徴収権の時効消滅について情報提供を受けたものであるところ、原告等は、いずれも、同年当時、N議員と同じ政党に属する新座市議会議員、元新座市議会議員、元新座市長候補者、あるいは同じ目的をもつ市民団体の構成員であったから、N議員が右情報の提供を受けたころには、N議員から直接又は間接に右情報を聴取することによって、被告が本件滞納者に対する本件各市民税の徴収を怠った事実を知り、あるいは、相当な注意を払って調査すれば、右事実を知ることができたはずである。原告らは、平成九年八月上旬から約五か月後に、参加人らは、同日から約六か月後にそれぞれ監査請求をしたが、本件監査請求は、いずれも、当該行為を知り得た日から相当な期間内にされたものとはいえないから、地方自治法二四二条二項ただし書に定める「正当な理由」は、存しない。

2  原告等の予備的主張について

地方自治法二四二条の二第一項四号に基づいて損害賠償請求権を代位行使することができるのは、損害が発生したと確定し得るときからであるところ、本件滞納者に対する昭和六二年分の市民税に係る徴税権は、平成八年一二月二日に時効消滅したから、新座市は、同日、被告に対して損害賠償請求権を取得し、原告ら及び参加人らは、同日から、これを代位行使することができるのであるから、怠る事実が終了した日とは、昭和六二年度分の市民税の徴収権の消滅時効が完成した日であり、原告等の主張は、失当である。

五  請求原因に対する認否

1  請求原因1は、認める。

2  請求原因2のうち(一)は、認め、(二)のうち、地方税法三三一条一項及び同条五項の規定部分、本件滞納者が、督促状に定めた納期限を過ぎても本件各市民税を納付せず、本件補助職員が平成五年二月二六日から平成八年一一月二八日までの間、昭和六〇年度分等の市民税については合計七回、昭和六二年度分の市民税については合計八回にわたる催告をしたにもかかわらず、本件滞納者は、本件各市民税を納付しなかったこと、市民税の滞納者に対する参加差押の権限が新座市財務部納税課長の専決とされていることは、認め、その余は、否認ないし争う。

3  請求原因3は、争う。

4  請求原因4は、認める。

六  本案についての被告の反論

1  法三三一条が強行規定でないことについて

差押処分を執行するためには、(ア)滞納者の財産状況及び所得状況の調査、(イ)滞納となっている状況、事情等の調査、(ウ)滞納者の担税力の有無、現在は担税力がないとしても今後担税力が回復する見込があるのか、回復する見込がないとしても法一五条の七の滞納処分停止の要件等に該当するか等の調査、(エ)差押物件の所在、換価価値の調査、(オ)差押物件の将来的な換価価値の見通し等の調査、(カ)超過差押該当の有無、(キ)競合する他の諸権利の優先性の有無等の調査等、様々な調査や手続が必要であり、実際の差押えを行うまでには、相当の時間と手間を要する。よって、法三三一条は、地方自治体の事務の停滞を生じないよう解釈すべきであり、徴税吏員は、滞納者に対し、滞納者の財産の差押えや参加差押を絶対的に行わなければならないという義務を負うものではなく、滞納者の個別の状況に適宜に対応し、適切かつ穏健な納税指導を継続的に行う等、行政庁の裁量の余地を認める訓示規定と解すべきであるから、法三三一条を徴税吏員に対して差押え又は参加差押を絶対的に義務付けた強行規定であると解釈することを前提とする原告等の主張は、失当である。

2  裁量の逸脱がないことについて

新座市の平成八年度当時の滞納者件数は、五年前よりも七八四七件増加した二万七六九九件であり、このうち、二二七四件の対する徴収権が、法定納期限の翌日から起算して五年経過したことから法一八条により時効消滅した。本件滞納者に対する本件徴収権も、右時効消滅したうちの一件であった。

しかし、これらの滞納者に対して、差押え又は参加差押をするためには、前述のとおり(ア)ないし(キ)の諸調査、手続が必要であるところ、右当時の新座市の滞納整理に当たる職員は、一〇人程度にすぎない状態であり、これら職員の総力を上げて滞納処分に取り組んだとしても、相当の費用と時間を要し、かえって、他の徴税業務の停滞という負の効果を及ぼすことになり、滞納者のすべてに対して、差押え又は参加差押を強権的に行うことは、最小の経費によって最大の効果を上げることを定める地方自治法二条一三項、地方財政法四条の理念に反し、不適当である。新座市は、差押え等という強行かつ最終的解決方法ではなく、納税指導により納税義務意識に訴え、税務行政の円滑、かつ最も確実な方法を中心に実施し、公正かつ公平な税負担を求めるよう徴税対策を検討し、職員一丸となって徴税に努力してきたものであり、結果として、限られた徴税職員と滞納者の納税意識の欠如から、二万七六九九件の滞納のうち二二七四件について徴収権を時効消滅させてしまったとしても、滞納件数に対する徴税吏員の体制に鑑みると、本件補助職員が本件滞納者の財産について参加差押を行わずに、本件徴収権を時効消滅させたことに違法はなく、また、被告に指導監督上の違法はない。

3  故意、過失の不存在

法三三一条に基づく参加差押の権限は、個々の徴税吏員たる職員に与えられていたが、系統だった徴税体制が確立されていなかったため、実際の運用は、個々の徴税吏員の経験に依存して滞納整理が行われてきており、被告は、徴税吏員から、滞納者の個々の状況やリストについての報告を受けていないので、滞納者の個別の情報については覚知していないし、また、参加差押の権限は、新座市財務部納税課長の専決とされているものであり、被告がこれを直接行うことはなかったから、被告が、本件滞納者に対して、特別に滞納処分を行わなかったというような事情は全くない。よって、被告には、本件滞納者に対する本件各市民税の徴収を怠ったことについて、故意、過失は、ない。

七  原告等の反論

1  被告の反論1に対し

法三三一条一項は、「市町村民税に係る滞納者が次の各号の一に該当するときは、市町村の徴税吏員は、当該市町村民税に係る地方団体の徴収金につき、滞納者の財産を差し押えなければならない」と明確に規定しており、右規程を訓示規定と解釈することは到底不可能であり、これを訓示規定であるとする被告の主張は、失当である。

2  被告の反論2に対し

本件滞納者は、平成八年度の高額不納欠損処理の第一位の者であり、その金額は市民税の滞納に係る全不納欠損金の約一割にものぼる七五五万六九〇〇円であった上、本件滞納者は、既に七回にわたる新座市からの催告を無視して納税の意思のないことを明らかにしており、また、本件不動産を所有し、担税能力を備えていたが、既に国が滞納処分を行っていたので、参加差押するだけで容易に本件徴収権の消滅時効の中断措置を講じることができた。よって、徴税吏員に滞納処分をするか否かにつき裁量が認められると解釈するとしても、本件においては、裁量権の逸脱があるので、本件滞納者に対する滞納処分を怠った行為は、違法である。

第三証拠

訴訟記録中における書証目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  本案前の主張について

1  請求原因1、2(一)、4の事実は、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実、証拠(甲第一、第二号証、乙第二号証、第四号証の一、第八ないし第一一号証)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一)  被告は、本件滞納者に対し、昭和六〇年度から昭和六三年度までの市民税につき、昭和六〇年度、昭和六一年度及び昭和六三年度の市民税(昭和六〇年度分等)については、納期を平成三年九月二日月曜日と、昭和六二年度分については、納期を平成三年一〇月三一日木曜日として賦課決定したが、本件滞納者は、右納期限までに本件各市民税を納付しなかった。本件補助職員は、昭和六〇年度分等については、平成三年九月二〇日金曜日に、昭和六二年度分については、平成三年一一月二〇日水曜日にそれぞれ督促状を発したが、本件滞納者からの納付はなかった。そこで、本件補助職員は、本件滞納者に対し、電話による納税指導を二回、面接による納税指導を五回、納税計画の指導等、滞納者に対する一般的な指導方法により、納税指導を行い、さらに、平成五年二月二六日、同年四月一三日、同年七月三〇日、同年一〇月二九日、平成六年二月二八日、同年四月一八日、平成六年八月三〇日に催告書を発した上、昭和六二年度分については、さらに平成八年一一月二八日月曜日に最終の催告書を発した(乙第四号証の一)が、本件滞納者からの本件各市民税の納付はなかった。本件補助職員は、催告書が本件滞納者に到達してから六か月の間、本件滞納者に対し、民法一五三条に定める措置を講じなかったため、昭和六〇年度分等の市民税は、平成八年九月三〇日月曜日に、昭和六二年度分の市民税は、平成八年一二月二日月曜日にそれぞれ消滅時効が完成した(甲第二号証)。

本件各市民税は、平成八年度の新座市の決算において、平成九年三月三一日付けで、いずれも不納欠損として処理され、監査委員の審査に付され、同年九月に開催された第三回新座市議会の本会議において、平成八年度新座市一般会計歳入歳出決算認定議案として審議された。被告は、平成九年一二月二日に開催された新座市議会協議会において、国税局が本件滞納者が滞納していた国税を保全するために本件不動産を差し押さえていたことを明らかにした。被告は、同月一二日付けの新座市告示第二五七号において、新座市民に対し、税金の滞納状況等に関する決算報告を公表した。

平成八年度に滞納による市民税の不納欠損処理件数は、五年前から七八四七件増加した二万七六九九件であったが、滞納整理に当たる職員数は、昭和六三年から平成八年まで一〇人であった(乙第二号証)。被告は、滞納による市民税の不納欠損処理件数が増加していること等について、職員に対して事情説明を求めたり、滞納している者について報告を求めることはしておらず、本件滞納者の個別的な情報についても、全く覚知していなかった。

(二)  N議員は、平成九年八月上旬ころ、匿名の電話により、新座市のある地域で薬局を経営している者(以下「本件薬局経営者」という。)が、合計約一〇〇〇万円の市県民税を滞納していたこと、右滞納していた市県民税が、平成八年度の決済で不納欠損として処理されたこと、本件薬局経営者は、新座市長の選挙の際には、被告を出迎えて応援しており、その経営する薬局の店舗には、「B」という看板を出していて、かつて被告の後援会員の中心的な役割を果たしていたこと、本件薬局経営者の氏名等を聞いた。N議員は、新座市議会議員である原告Cに対し、右匿名電話の内容を知らせるとともに、本件薬局経営者の市県民税の滞納による不納欠損の処理状況について事情を尋ねた(甲第二号証、乙第八、第九号証)。

(三)  平成九年九月五日から同月二六日まで、新座市議会の第三回定例市議会が開催されていたが、N議員は、同月八日、平成八年度新座市一般会計歳入歳出決算認定議案に関して、新座市に対し、市民税の不納欠損が年々多額になっていることの原因分析の有無及び解決策の検討の有無、高額な不納欠損についての指導等に関する質問通告を行い、また、過去三年間において市民税の滞納により不納欠損として処理された者のうち、高額一位から五位までの者に関する資料要求を行った(甲第二号証)。

N議員は、同月一一日、第三回定例市議会の本会議で、新座市長に対して、市民税の不納欠損が年多額になっていることの原因を分析するよう申し立て、また、新座市のある地域で薬局を営んでいる者(本件薬局経営者)に対する合計一〇〇〇万円程度の市県民税が平成八年度の決算において不納欠損として処理されたこと、本件薬局経営者は、被告の選挙の際には、出迎えて応援し、その営業している薬局には「B」という看板が出ており、かつて被告の後援会で中心的な役割を果たしていたこと、本件薬局経営者の氏名も匿名電話で聞いて知っているが、本会議の場では公開しないこと、本件薬局経営者の営業する薬局は、順調に営業が行われていること、資料要求によって新座市から提出された平成八年度の市民税の高額不納欠損のうち一位の不納欠損処理金額は、約七四三万円であるが、これに県民税を加えると一〇〇〇万円程度になるから右一位の者は、本件薬局経営者であること、本件薬局経営者は、新座市に大きな店舗を構えて現在も営業し、生活の本拠は新座市にあり、担税力や住所がはっきりしているにもかかわらず、「B」の看板を掲げたり、選挙の際に応援している者に対して、滞納処分を行わないのは、不公平であり、財政運営上問題であること等について発言した。

これに対し、新座市は、本件薬局経営者については、所得税の修正申告に基づく賦課決定、賦課の遡及期間とその理由、賦課に不満があったことを説明し、また、本件薬局経営者に対しては、その財産に対して、差押えや参加差押をしないで、本件徴収権を時効消滅させた旨答弁した(乙第八号証)。

右本会議には、原告C、参加人Dらが出席しており、原告Cは、市民税の不納欠損処理に関する発言をしている。

本件監査請求の際、監査委員が、右質疑応答が一般新聞等によって報道されたか否か調査したところ、報道等がされた例は、発見されなかった(甲第二号証)。

(四)  日本共産党・新座市委員会が平成九年九月二八日に発行した「にいざ民報」には、平成八年度の決算において滞納市民税につき不納欠損として処理された者の中に、一人で約七四三万円の市民税を納入しなかった者がいたこと、N議員が、第三回定例市議会の本会議において、この問題を取り上げ、「前日、市民の方から電話があった。市内で薬局を経営している人が一千万からの住民税(県民税を含む)を払わないですませてしまった。財産もあるのにおかしい。この人は市長後援会の有力メンバーの一人で、市長選挙では毎日のように事務所に出入りし、「B」の看板を店に出していた。市長と特別な関係にある人だから許されたのではないか。ぜひ調べてほしいというものであった。これは事実か。財産があるのに不払いを許したのか。差押えはしなかったのか。市長はどう考えているのか。」等と質問をしたこと等が記載されていた。

右「にいざ民報」には、日本共産党・新座市議会議員団として、六名の団員が氏名及び電話番号を明示しているが、その中には、参加人DとN議員が含まれている(乙第一一号証)。

(五)  原告E(前市議会議員)、原告C(市議会議員)及び原告F(市議会議員)、G(地方行政を考える会)及びH(児童の安全を考える会)から成る「新座市手作りオンブズマン」は、「市政一一〇番(第一号)」(「発行日平成九年一〇月号」と記載)と題する書面を発行したが、右書面には、同年九月の議会で、市民税の不納欠損金が明白になったこと、資料要求によって出された平成八年度の市民税の高額不納欠損の上位一位の者の税額は、七四三万三一七四円であること、「にいざ民報」の会報によると、本件薬局経営者は、市長の有力後援会会員であり薬局を営んでいるとされていること、新座市の収税課は、大変な苦労をしたようであるが、財産もあり、商売をしているにもかかわらず、なぜ徴収権が時効消滅してしまったのか、適切に時効中断の措置が執られていたのか不明であること、本件薬局経営者は市長の有力後援会員とされているが、それ以上の親密な関係の人であるという情報を得た旨記載されている(乙第九号証)。

(六)  日本共産党・新座市委員会が平成一〇年五月一〇日に発行した「にいざ民報」には、平成七年度の市民税の不納欠損額上位一〇名に対する催告書発付状況が上位五人に対しては、あまり送付されていないこと、上位一位の本件薬局経営者の滞納市民税が不納欠損として処理された平成八年度には、本件薬局経営者に対して、催告書が送付されていなかったこと、被告は、監査委員から、約七〇〇万円の市民税の徴収を怠ったことによって新座市が被った損害を填補するよう勧告を受けたにもかかわらず、これを拒否したことが記載されていた。

右「にいざ民報」には、「税金の不正をただす会」の構成員が記載されているが、その代表委員には、参加人I、参加人Jの二名が含まれており、事務局は、参加人K、参加人J、参加人L、参加人D及びN議員により構成されている(乙第一〇号証)。

(七)  参加人Mは、平成八年七月一四日に実施された新座市長選挙において、日本共産党から市長選挙に立候補した者である。

2  以上の事実に照らして、本件訴えの適否について判断する。

(一)  原告等は、新座市が被告に対して有する損害賠償請求権を行使しないことが地方自治法二四二条一項の「怠る事実」に該当すると主張するのであるから、右損害賠償請求権の不行使が継続している間は、いまだ怠る事実は終了していないので、同条二項本文に定める一年の期間制限に服さないと主張する。

前記認定のとおり、原告等は、本件補助職員が、本件滞納者に対する本件各市民税の徴収権を時効により消滅させたため、新座市は本件各市民税相当額の損害を被ったが、これは、新座市長である被告が、財務会計上の右違法な行為を阻止しなかったためであるとして、右損害を補填するに必要な措置を講ずべきことを求める監査請求をし、同市監査委員は、被告に対し、本件各市民税相当額の賠償をする旨の勧告をしたが、被告は、これに応じなかったため、原告等は、同市に代位して、本件訴を提起したものである。

ところで、原告等は、本件徴収権を時効によって消滅させたことが違法であることに基づいて発生した実体法上の損害賠償請求権を行使しないことが、財産の管理を怠る事実に該当するというが、前記監査請求において、右事由を理由とする監査請求を含むと解しても、この場合であっても、当該監査請求期間は、右怠る事実にかかる損害賠償請求権の発生原因となった当該行為のあった日又は終わった日を基準として、地方自治法二四二条二項の規定を適用すると解するのが相当である。けだし、本件徴収権を時効によって消滅させたことが違法であるとして、当該職員に発生した実体法上の損害賠償請求権の不行使が怠る事実に該当するとしても、実質上問題となるのは、本件滞納者に対する徴収権を時効によって消滅させたことの適否であり、しかも、求める是正措置も同じであることにかんがみれば、監査請求の期間制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るとすれば、同条により監査請求の期間制限を受けた趣旨が没却され、著しく不合理な結果となるので、原告等の右主張は、採用できない。

(二)(1)  原告等は、本件監査請求は、本件徴収権が時効消滅した日から一年を経過した後にされているが、本件監査請求には、地方自治法二四二条二項ただし書の「正当な理由」が存するので、本件訴えは、適法であると主張する。

この点、たとえ、新座市において、税金の滞納状況等が毎年決算等で明らかにされていたとしても、本件滞納者に対する本件徴収権は、昭和六〇年度分等については平成八年九月三〇日が、昭和六二年度分については同年一二月二日が経過すれば、それぞれ時効によって消滅し、平成九年三月三一日には、不納欠損として処理されたものであり、一般住民が本件滞納者に対する督促や催告の状況、本件徴収権の時効消滅に至る経緯等を知ることは、およそ不可能であるといえるので、本件徴収権の行使の懈怠は、秘密裡であったと解するのが相当である。

しかし、前記認定した事実によると、N議員は、同年八月上旬ころ、匿名の電話により、新座市のある地域で薬局を経営している本件薬局経営者に対する合計一〇〇〇万円程度の市県民税が不納欠損として処理されたこと、本件薬局経営者は、新座市長の選挙の際には、被告を出迎えて応援し、本件薬局経営者が経営する薬局には、「B」という看板を出しており、かつて被告の後援会員の中心的な役割を果たしていたこと、本件薬局経営者の氏名等に関する情報を得、これを原告Cに話して、本件薬局経営者に対する本件各市民税の滞納状況について事情を尋ね、同年九月一一日に開催された第三回定例市議会の本会議における平成八年新座市一般会計歳入歳出決算認定議案の審議の質疑応答の際には、新座市の市民税の不納欠損処理額が年々多額になっていることを指摘し、原因を分析し、対応策を検討するよう申し出るとともに、匿名の電話により、新座市のある地域で薬局を経営している本件薬局経営者は、一〇〇〇万円程度の市県民税を滞納していたが、平成八年度の決算で不納欠損として処理されたこと、新座市の高額不納欠損の一位の不納欠損金額は、約七〇〇万円であるが、これに県民税を加えると一〇〇〇万円程度になるから、右高額不納欠損の一位の者は、本件薬局経営者であること、本件薬局経営者は、経営する薬局に「B」の看板を出し、かつて被告の後援会の中心的な役割を果たしており、新座市長の選挙の際には、出迎えて応援していること、本件薬局経営者は大きな薬局を構え、営業も順調であり、担税力が存在し、生活の本拠地は新座市であること、それにもかかわらず、被告が滞納市民税について不納欠損として処理したことは不審であること、本件薬局経営者の氏名を知っているが、あえて公表はしないこと等を発言し、これに対して、新座市は、本件薬局経営者に対しては、差押えや参加差押の措置を執っておらず、市民税の徴収権を時効消滅させたことを答弁したものであることが認められる。これらの質疑応答によると、右同日に開催された第三回定例市議会の本会議において、本件薬局経営者は、約七〇〇万円の市民税を滞納していたが、右市民税の徴収権は時効により消滅したこと、新座市は、右徴収権について、差押えや参加差押等の時効中断の措置を講じていなかったこと、本件薬局経営者は、大きな薬局を新座市に構えており、順調に営業していること、本件薬局経営者は、かつて被告の後援会の中心的なメンバーであり、その経営する薬局には、被告の氏名が記載された看板が掲げてあること、新座市長の選挙の際には、被告を出迎えて応援していた者であること、新座市が提出した高額不納欠損一位の者は、本件薬局経営者であることがそれぞれ公表されたものであるところ、定例市議会の本会議の傍聴や議事録の閲覧は自由に行うことができるから、新座市の一般住民が相当な注意をもってすれば、右質疑応答がされた時点において、被告や本件補助職員が、本件薬局経営者、すなわち本件滞納者に対する本件各市民税の徴収を怠り、本件徴収権を時効消滅させたことを知ることができたというべきである。なお、監査通知書には、調査した限りでは、右本会議での質疑応答の内容が一般紙等によって報道がされたことは、認められなかった旨の記載があるが、前記のとおり、本会議での質疑応答の状況は、本会議の傍聴や議事録の閲覧によって知ることができるので、一般紙による報道の有無は、新座市の一般住民が、右怠る事実を知り得た日の認定には影響を及ぼさないというべきである。

加えて、原告Cは、平成九年八月上旬ころ、N議員から右匿名電話の内容について事情を尋ねられたことから、本件滞納者に係る約一〇〇〇万円の市県民税が不納欠損として処理されたこと、本件滞納者が薬局を営んでいること、本件滞納者は市長の後援会の有力メンバーであること等を右時点において、すでに知っていたことが認められるし、原告Cは、他の原告らと新座市民手作りオンブズマンを結成して、「市政一一〇番・第一号」平成九年一〇月号に、本会議でのN議員の質疑の内容、匿名電話の内容及び新座市から提出された高額不納欠損一位の者と市長との関係等についての記事を掲載していることに照らすと、原告らは、右「市政一一〇番・第一号」を作成する前の段階において、本件滞納者が滞納する市民税の徴収権が時効消滅し、不納欠損として処理されたこと、本件滞納者が薬局を経営していること、かつて被告の後援会の有力メンバーであったこと等について知っていたことが認められる。さらに、N議員と参加人Dは、日本共産党新座市議会団の団員として、「にいざ民報」を発行しているが、平成九年九月二八日発行の「にいざ民報」には、本件滞納者は、合計一〇〇〇万円の市県民税を滞納していたが、その徴収権が時効消滅し、不納欠損として処理されたこと、本件滞納者は薬局を経営していること、右薬局には被告の名称の看板が出されていること、新座市長の選挙の際には、被告の事務所に出入りしていたこと等の記事が掲載されているところ、参加人Mは、新座市長選挙の際、日本共産党から立候補した者であり、参加人I及び参加人Jは、「税金の不正をただす会」の代表委員であり、参加人K、参加人L、参加人D、N議員は、右「税金の不正をただす会」の事務局員であり、「税金の不正をただす会」の紹介が、前記「にいざ民報」に掲載されていることに照らすと、参加人らは、いずれも、N議員と同じ政党、あるいはこれを支援する団体に所属する者であって、密接な関係が存し、相互に情報を共有することができる立場にあったと認めることができるので、右同日に「にいざ民報」が発行された前には、参加人らも、本件滞納者に対する本件徴収権が時効消滅したことを十分知っていたと認めるのが相当である。

(2) これに対し、原告等は、被告が平成九年一二月二日に開催された新座市議会協議会において、国税局が本件滞納者の国税を保全するため本件滞納者の不動産を差し押さえていたことを明らかにしたことから、初めて、被告が本件滞納者に対する本件徴収権を時効消滅させて、新座市に右税額相当分の損害を与えたという事実を知ったというが、前記説示のとおり、N議員は、同年九月一一日に開催された第三回定例市議会の本会議において、本件薬局経営者は、市県民税を合わせて一〇〇〇万円程度滞納していたが、これが不納欠損として処理されたこと、新座市から提出された高額不納欠損の一位の者が本件薬局経営者であること、本件薬局経営者は、被告の後援会のメンバーであり、新座市のある地域で大きな薬局を構えて順調に営業を行っているが、右薬局には、Bの看板が付けられており、市長の選挙の際には、出迎えて積極的に応援を行っていたこと等を発言し、これに対し、新座市は、本件薬局経営者に対しては、差押えや参加差押等の措置は講じていなかったと答弁したのであるから、右本会議が開催された右同日には、すでに、本件滞納者に対する約七〇〇万円の市民税が不納欠損として処理されたこと、本件滞納者に対しては、差押えや参加差押による本件徴収権の消滅時効を中断させる措置が講じられていなかったこと、本件滞納者は、新座市に大きな薬局を構え、順調に営業しており担税力を有していることがそれぞれ明らかになっていたことが認められるから、右原告等の主張は、採用できない。

(3) そうすると、原告らは、新座市の第三回定例市議会本会議が開催された平成九年九月一一日から、約四か月以上、参加人らは、同日から約五か月経過してからそれぞれ監査請求をしているが、右同日の時点で、すでに、本件滞納者とは、新座市が提出した市民税の高額不納欠損の上位リスト中の一位の者として特定され、本件滞納者の本件各市民税が不納欠損として処理された年度、金額も右リストにより明らかになっていた上、N議員の質疑及び新座市による答弁により、本件滞納者が新座市に大きな薬局を構えており、薬局の経営が順調であることや、本件滞納者に対して、差押えや参加差押の措置を執らなかったために本件徴収権を時効によって消滅させたことが明らかになっており、他の会計行為と区別することができる程度に特定されていたというべきであって、監査請求をするに当たって調査や準備をするために、さらに四か月ないし五か月の期間を要すると解することはできず、本件監査請求は、当該怠る事実を知り得た時期から相当な期間を経過した後にされたものといわざるを得ないから、原告等の主張する「正当な理由」は、認められない。

(三)  原告等は、予備的主張として、昭和六二年度分の市民税の徴収を怠る事実が終了した日とは、消滅時効が完成する直前に発せられた催告書が本件滞納者に到達してから六か月が経過した時点であるところ、本件監査請求は、いずれも右六か月が経過する前にされているから、適法であると主張する。

前記認定した事実によると、本件補助職員は、平成八年一一月二八日、昭和六二年度分の市民税について民法一五三条に基づいて催告書を発したことが認められるが、被告は、右催告書が本件滞納者に到達してから六か月を経過するまでに、同条所定の措置を講じることによって、昭和六二年度の市民税の徴収権の消滅時効を中断することができるので、右時点まで、すなわち平成九年五月二八日ころまでは、昭和六二年度分の市民税につき民法一五三条に定める措置を執って消滅時効を中断し、右市民税を徴収する義務を負っていたと認めるのが相当である。そうすると、昭和六二年度分の市民税の徴収を怠る事実が終了した日とは、平成八年一一月二八日に発した催告書が本件滞納者に到達してから六か月を経過した日(平成九年五月二八日ころ)と解すべきであるところ、本件監査請求のうち、昭和六二年度の市民税の徴収を怠ったことに関する部分は、平成九年五月二八日ころから一年経過する前にされている(原告らによる監査請求は、平成一〇年一月二六日、参加人らによる監査請求は、同年二月四日にされている。)ので、地方自治法二四二条二項の要件を充たし、適法な監査請求であることが認められる。

3  よって、本件訴えのうち、昭和六二年度分の市民税の徴収を怠ったことに基づいて損害賠償を求める部分は、適法な監査請求を経た適法な訴えであることが認められる。

二  そこで、次に、被告が、本件滞納者に対する昭和六二年度分の市民税の徴収を怠り、本件徴収権のうち昭和六二年度分に係る部分を時効消滅させたことの違法性について判断する。

1  法三三一条一項は、市町村民税に係る滞納者が、①滞納者が督促を受け、その督促状を発した日から起算して十日を経過した日までにその督促に係る市町村民税に係る地方団体の徴収金を完納しないとき(一号)、②滞納者が繰上徴収に係る告知により指定された納期限までに市町村民税に係る地方団体の徴収金を完納しないとき(二号)の一に該当するときは、市町村の徴税吏員は、当該市町村民税に係る地方団体の徴収金につき、滞納者の財産を差し押えなければならないと定め、同条五項は、市町村の徴税吏員は、第一項から第三項までの規定により差押をすることができる場合において、滞納者の財産で国税徴収法八六条一項各号に掲げるものにつき、すでに他の地方団体の徴収金若しくは国税の滞納処分又はこれらの滞納処分の例による処分による差押がされているときは、当該財産についての交付要求は、参加差押によりすることができると定めているところ、前記認定した事実によると、本件補助職員は、本件滞納者に対し、昭和六二年度分の市民税について、平成三年一一月二〇日に督促状を発したが、本件滞納者は、同日から一〇日を経過した日までに督促に係る市民税を納付しなかったというのであるから、本件補助職員は、本件滞納者には法三三一条一項一号に該当する事由が存するとして、平成三年一一月三〇日以降、本件滞納者の資産を調査して、本件不動産を差し押さえ、昭和六二年度分の市民税の徴収権を保全しなければならなかったというべきである。

被告は、新座市の平成八年度当時の滞納者件数は、五年前から七八四七件増えた二万七六九九件であるが、その滞納整理に当たる新座市の職員は、一〇人にすぎない状態であり、これら職員が、すべての滞納者に対して財産調査及び差押えを行えば、かえって、他の徴税業務の停滞という負の効果を及ぼすことから、納税指導により納税義務意識に訴え、公正かつ公平な税負担を求めるよう徴税に努力してきたものであり、結果として、二万七六九九件の滞納件数のうち二二七四件の徴税権を時効消滅させてしまったとしても、右滞納件数と職員数に照らせば、本件補助職員が、本件滞納者の財産を調査し参加差押をしなかったことに違法はないと主張する。

しかし、前記認定した事実によると、本件滞納者は、平成八年度に市民税の滞納について不納欠損として処理された者のうち、不納欠損金額が一位の者であり、昭和六〇年度から昭和六三年度までの市民税の滞納金は、合計約七四三万三一七四円にものぼる者であった上、本件補助職員は、本件滞納者に対して、督促状を発した後、電話による納税指導を二回、面接による納税指導を五回行ったほか、昭和六〇年度分等については、合計七回、昭和六二年度分については、合計八回、催告書を送付しているにもかかわらず、本件各市民税を納税することはなかったのであるから、本件滞納者には、本件各市民税を納付する意思がないことは、すでに明らかになっていたというべきであり、このような滞納者に対しては、本件補助職員が、納税意識に訴えて、本件各市民税を納付するよう指導したとしても、任意に本件各市民税を納付することは期待できない状態であったとみるのが相当であり、このような場合は、むしろ、本件滞納者は、新座市内で薬局を営み、その経営も順調であったというのであるから、本件滞納者の財産を早急に調査して、右財産について参加差押をする方が、かえって時間や手間を省き、限られた徴税担当職員を有効に活用することができたというべきであるし、前述の滞納額をも考慮すると、本件滞納者に対しては、積極的に参加差押をすることが、最小の経費によって最大の効果を上げることを定める地方自治法二条一三項、地方財政法四条の理念にも合致することになったといえるから、本件補助職員が、本件滞納者が本件各市民税の徴収を保全するに足りる不動産を所有していたにもかかわらず、本件不動産について参加差押を行わずに、漫然と電話を二回、面接を五回したほか、催告書の送付を八回繰り返していたという本件の事実関係に照らせば、滞納件数に比して徴税整理に当たる職員の数が少なかったという事情は、法三三一条一項、五項に定める行為を行うことができなかったことを正当化する合理的な理由にはならないというべきである。

2  新座市では、市民税の督促及び催告をすること、差押えに伴う登記をすること、参加差押を行うこと等は財務部納税課長の専決とする旨定められているが(新座市事務決済規程、乙第一号証)、新座市長である被告は、市民税を賦課徴収する事務を管理し、執行する権限を有しているから(地方自治法一四八条一項、二条三項二一号、一四九条三号、新座市税条例三条(乙第六号証))、たとえ、市民税の督促及び催告、差押えに伴う登記、参加差押等の権限が財務部納税課長の専決とされていたとしても、被告は、財務部納税課長が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務を負うというべきであり、右義務に違反して、故意又は過失により、財務部納税課長の財務会計上の違法行為を阻止しなかった場合は、新座市に対し、右財務会計上の違法行為により新座市が被った損害を賠償する責任を負うものと解すべきである。

前記認定した事実によると、本件薬局経営者に対する本件各市民税の徴税権を時効消滅させたことが、新座市の平成九年第三回定例市議会本会議でも問題となるような事態にあったこと、本件平成八年度に至るまでの各年度の市民税の滞納に係る不納欠損額は年々増加しており、平成八年度の不納欠損処理件数は、五年前の件数より七八四七件増加した二万七六九九件であったが、滞納整理に当たる新座市の職員数は、昭和六三年から平成八年まで一〇人に過ぎなかったことが認められるが、被告は、新座市長として、新座市の市民税の滞納による不納欠損処理件数及びその金額が増加していたことを当然知り得べき立場にあったというべきであるから、被告は、本件補助職員から、市民税の滞納状況に関する事情についての報告や説明を求め、その原因を分析し、これに対する解決策を検討し、必要な人員を確保するとともに、職員が市民税の徴収を怠ることがないよう指導監督すべき義務を負っていたというべきである。しかるに、被告は、前示のとおり、市民税の徴収事務については、これを個々の職員に任せており、滞納者の個別的な状況等について、右職員から全く報告を受けていなかったというのであり、被告が徴収事務担当の職員から市民税の滞納状況等について特別に事情説明を求めたり、滞納者に関する情報について報告を受けたり、右情報が被告に伝達されるような態勢を確立するなどして、市民税の徴収を怠らないように本件補助職員に対して適正な指導監督を行っていたと認めることはできないから、被告が本件補助職員による本件各市民税の徴収の懈怠を阻止し得なかったことには、重大な過失があったと認めるのが相当である。

被告は、本件補助職員から、滞納者の個別情報について何ら報告を受けておらず、本件滞納者のことは全く覚知していなかったから、被告が、本件滞納者に対して、特別に滞納処分を行わなかったという事情はなく、本件滞納者の本件各市民税の徴収を怠ったことについて故意や過失はないと主張する。

しかし、前記に説示のとおり、被告が市民税の滞納による不納欠損件数及び金額が増加しているにもかかわらず、本件補助職員に対して事情説明や市民税の徴収状況に関する報告を求めて、原因を分析し、徴収態勢を見直すなどの解決策を検討することなく、漫然と現状を維持したままで本件補助職員に対して市民税の徴収を行わせていたことに、補助職員に対する指導監督上の重過失が認められるのであり、被告が本件滞納者に関する個別情報を知らず、また、本件滞納者について特別に滞納処分を行わなかったものではないとしても、このことをもって、被告の右指導監督上の義務違反に対する故意又は過失の存在を否定する根拠とすることはできず、被告の右主張は、採用できない。

3  以上により、被告は、新座市に対し、被告が本件滞納者の昭和六二年度分に係る市民税の徴収を怠ったことによって新座市が被った右市民税相当額四四万〇六〇〇円を賠償する責任を負うことが認められる。

三  右のとおり、原告等の本件訴えのうち、七一一万六三〇〇円の損害賠償を求める部分は、不適法であるから、これを却下し、その余の四四万〇六〇〇円及びこれに対する本件滞納者の昭和六二年度分の市民税の徴収権の消滅時効が完成した日の後の日である平成九年四月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 星野雅紀)

裁判官 白井幸夫、裁判官 檜山麻子は、転補につき書名押印することができない。 裁判長裁判官 星野雅紀

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